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羅針盤について
 世の中には数多くの宗教があります。それらは、古い伝統を誇るものから、最近できたばかりのものまで実に様々で、その教義・内容も教団の数だけあり、その実体は誰にもわからないというのが事実ではないでしょうか。
 マスメディアでは、宗教を性善説として扱っており、実際、行政としても税の優遇措置を講じるなど、宗教を性善説として遇している事実があります。
 ところが、一般的には性善説として考えられている宗教もその教義・内容を検討してみると、まことにいい加減な内容のものが多いことに驚かされます。
 また、近年、オウム真理教による多数の人々の殺人、新宗教による詐欺事件の発生等、宗教の名のもとに多くの人々が被害者となるケースが多発しています。
 それらの現実を目の当たりにして、宗教とはうさんくさいもの、かかわらない方が身のためと考えている人々が存在します。しかし、それらの人々も、それぞれの宗教の持つ教義・内容についての知識を持っているわけではなく、また、学ぼうともしないのが一般的な傾向なのではないでしょうか。
 そこで、羅針盤では、それぞれの宗教の教義・内容について吟味検討し、一般の人々の閲覧に供するとともに、正しい宗教とは何かということを考えてみることにしました。縁あって、このサイトを閲覧された方々が宗教を考える指針となり、正しい宗教を選択する良き資料となれば幸いです。



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最新号
21号-26号「顕正会の皆さんへ」
rasinban21.pdf(1.2MB)

 昭和49年8月12日に解散処分に付された元妙信講が、顕正会と名を変え、さまざまな社会問題を引き起こしています。その教義は日蓮大聖人の仏法とは、似て非なる誤ったものであることはいうまでもありません。ところが、その顕正会の会長・浅井昭衛が、あろうことか日顕上人猊下(御先代)に対し奉り、誹謗と中傷に満ちた「対決申し入れ書」なる謗法の書を送りつけてきました。日蓮正宗青年僧侶邪義破折班では、すぐさま、この悪書に対し完膚無きまでの破折を加えました。ここに、その破折の書を掲載しますので、是非、一読し、顕正会の非常識きわまりない行動と教義について知っていただきたいと思います。また、今なお、多くの顕正会会員が浅井昭衛の預言者もどきの誤った指導により、正しい日蓮大聖人の仏法を知ることができない状態に置かれています。それらの会員の方々も、この書と出会うことにより、正しい日蓮大聖人の仏法に目覚められることを願ってやみません。

01号「浄土宗とはどのような信仰か」
rasinban01.pdf(212k)

 浄土宗といえば、念仏と相場は決まっていますが、その念仏の開祖は、中国の善導(ぜんどう)という人です。この人は、非常に変わった人で、二十歳の頃、たくさんの経文がしまってある経蔵へ入り、<我が機にかなう経典にふれさせ給え>と祈って、暗闇の中で最初にふれたものを有縁の経と定めたのです。これが浄土三部経のひとつである観無量寿経だったといわれています。
 小生も学生時代、わからない試験問題があると鉛筆を削ってさいころをつくり、その目を回答欄に書いた記憶がありますが、正直な話、当たったためしがありませんでした。
 同じようなやり方できあがった浄土宗ですが、さて、その実体とは……。

02号「禅宗とはどのような宗旨か」
rasinban02.pdf(224k)

 選挙の開票速報の時、当選確実となった候補者が決まって行うセレモニーに、赤い達磨に目をいれる行為があります。これは、大多数の国民にとって、おなじみの光景です。
 あの瞬間から、今まで有権者に米搗きバッタのように頭を下げていた人物が、有権者の恩を忘れ、体をふんぞり返らせることになるのですから、本当に不思議な一瞬です。
 この恩知らずの政治家と達磨には何か共通点があるのでしょうか。何の脈絡もないように思われる関係ですが、実は、恩知らずという点では、非常に関係が深いのです。一見、精神修養の元締めのように思われている禅宗ですが、その実体は、どうなのでしょう。政治家との関連で考えていただければ、非常におもしろい考察になるのでは……。

03号「真言宗とはどのような宗教か」
rasinban03.pdf(228k)

 時代劇を見ていると、病気なったお姫様の本復を願って、壇を作り、護摩を焚き、真言を唱えて、額から汗をだらだら流している僧だか、修練者だかがよく登場します。あれが、いわゆる真言密教というもので、物語の中では、呪術の効能は現れないのが一般的です。しかし、溺れるものは藁(わら)を持つかむという諺があるように、何の役にも立たない藁でも、悩んでいる人にとっては、すがりたくなることもあるのでしょう。いまだ、あの手の呪術が人を引きつけていることに不思議な気がします。地道で着実な努力よりは、宝くじにでも当たりたいといった安易な気持ちが、私たちの心に巣くっているのと同じことなのかも知れません。
しかし、そのような宗教が本当に人を幸せにするのでしょうか。わかりやすく真言宗の実体に迫ってみました。

04号「浄土真宗とはどのような宗教か」
rasinban04.pdf(252k)

 浄土真宗といえば思い浮かぶのは、織田信長が天下統一を目指したとき、石山本願寺や紀伊長島に立てこもった一向一揆です。当時、浄土真宗は門徒とも一向宗ともいわれ、その勢力を誇っていたことを歴史は教えてくれます。
 しかし、歴史を学びながら、不思議に思ったのは、どうして一向宗の信徒たちは、自ら死に急ぐように死を求めたのだろうという疑問でした。結局、多くの信徒たちが無惨にも焼き殺されたのですが、当時、彼らを一揆に導き、指導した顕如は、処刑されることもなく無傷で織田信長と和睦した事実が記憶に残っています。まるで集団自殺のように、農民たちが死を求めた宗教の実体とは……。

05号「キリスト教とはどのような宗教か」
rasinban05.pdf(260k)

 政治と宗教は分離しなければならない。
 いわゆる政教一致を否定する考え方は、近代国家ではなくてはならない常識ですが、その要因となったのがキリスト教会の大衆支配であったことはあまり知られていません。
 ヨーロッパでは、フランス革命が起こるまで、キリスト教は政治権力と一体となり、大衆を抑圧する役割を果たしてきました。その抑圧から人々を解放したのがフランス革命であることは、周知の事実です。しかし、このことは、世界史では教えてくれませんし、どうして、キリスト教が大衆を抑圧する役目を果たすことになったのかも教えてはくれません。
 日本では、結婚式等でファッションとして受け入れられているキリスト教ですが、実は、その姿とは裏腹な教義と歴史を持っているのです。その実態に迫ってみると、意外な事実に気がつくことになるでしょう。

06号「日蓮宗とはどのような宗教か」
rasinban06.pdf(236k)

 日蓮大聖人は、数多くの法難を耐え忍び、南無妙法蓮華経というお題目を衆生に唱えさせるため、尊い御生涯を送られましたが、それはまた、誤った宗教を厳しく破折された御生涯でもありました。
 ところが、日蓮大聖人の唱え出された南無妙法蓮華経は有り難いが、誤った宗教の破折はしたくないといった、日蓮大聖人の教えをゆがめる弟子たちが現れ、一派を作るようになりました。それがいわゆる日蓮宗なのです。
 日蓮宗といえば、一般には、日蓮大聖人の教えを受け継いでいると思われがちですが、その現実は、教えを正しく受け継いでいないばかりか、かえってその教えをねじ曲げるような教義を作るに至っています。多くの人が、その誤りに気がつかずにいる現在ですが、では、その実体とは・・・。

07号「霊友会とは、どのような宗教か」
rasinban07.pdf(260k)

 新興宗教とは、うさんくさいものという考え方があります。その考え方が感覚的なものであるとするなら、それは、誠に鋭い直感であると言うことができます。しかし、その一方で何はともあれ、宗教を否定することも良心的でないように感じる人がいるのも否定することのできない事実です。そこには、その教団の教義や歴史以前に、教団の説く道徳的な側面を考えてしまうからに他なりません。
 霊友会は、新興宗教としては、古い部類に入り、そこから、多くの新興宗教が生まれています。そういう意味では、霊友会を知ることは、日本の新興宗教の原点を知るという意味を持っています。
 現代の日本では、いとも簡単に宗教が作れてしまうようですが、そのようにして作り出された宗教の典型を霊友会に見るのは、うがった見方でしょうか。霊友会の実態に迫ってみましょう。

08号「立正佼成会とは、どのような宗教か」
rasinban08.pdf(248k)

 霊友会から分かれて巨大な新興宗教団体となったものに立正佼成会があります。一応、仏教系の新興宗教ということになっていますが、僧侶がいるわけではありません。
 霊友会の信者だった人が、突然、新しい宗教を名乗り、宗教法人の認可を受けてしまったのです。もちろん、そのようにして作った教団ですから、教義や内容も霊友会そっくりのものにならざるを得ませんでした。いわゆるステレオタイプの在家教団というわけです。
 最も、僧侶のいない在家教団ですから、深い教義があるわけではありません。平易な日常語に仏語を混入して、仏教教団のように振る舞っているに過ぎません。
 しかし、その存在も既成事実の積み重ねで、宗教として社会的な認知を受けてしまったかに見えます。そこで、この教団の設立当初に帰り、教義とその内実に迫ってみることにしました。

09号「真如苑とは、どのような宗教か」
rasinban09.pdf(260k)

 霊能や霊媒を売り物にする宗教的な行為は、恐山のイタコに象徴されるように、古くから日本の土俗的な風土に根付いた俗信でした。それらは精神病理学や心理学の発展とともに、その現象が解明されつつあります。
 ところが、日常では見ることのできない、霊能や憑依(ひょうい)、いわゆるつきものを宗教に取り入れ、耳目を驚かせている新興宗教があります。それが、真如苑なのです。
 霊能師に自らの生き方や進路を示唆して貰うなどということを聞けば、一般の人は、正気の沙汰ではないと考えがちですが、宗教の名の下に、そのような行為がまかり通り、迷信や俗信は、人びとの心の中に入り込んできています。
 密教の衣をまとった真如苑の教義とは、如何なるものなのでしょう。その実態に迫ってみました。

10号「生長の家とは、どのような宗教か」
rasinban10.pdf(272k)

 人は、自分自身が納得できない事柄に直面したとき、自分自身を強制的に納得させるため自己暗示にかけることがあります。それは、不安を覚えたり、弱気になったりしたときに一定の効果をもたらすことがあるようです。しかし、自己暗示は、それらの効果の一面、自分自身の理性や意志を喪失させるという別の一面もあることを見逃してはなりません。
 生長の家では、まるで、理不尽で、道理に反することですら自己暗示にかけることによって解決できるかのような教義を展開しています。これは、人類が長い歴史の中で蓄積してきた科学や文化に対して迷信で対抗するかのような愚かな行為でしかありません。
 膨大な著書を出版、販売し、出版宗教の典型といわれている生長の家ですが、それらの膨大な著書は、世に教義を広めるというよりは、ただ、売らんが為の行為に過ぎないように見えてしまいます。その教団の歴史と教義について迫ってみました。

11号「妙智會教団とは、どのような宗教か」
rasinban11.pdf(252k)

 日本では、多くの新興宗教が独自の教義や教え、修行もなく雨後の竹の子の如く乱立しています。そして、人の不幸につけ込むように、あなたの不幸は先祖の霊が苦しんでいるせいだと宗教的な脅迫を行っています。
 さらに、仏教系在家教団だと自負する割には、仏教の基本的な考え方もわきまえない、いい加減な教義を振りまき、無知な信徒を引き回しているのが現状です。
 妙智會教団もその例にもれず、霊友会から分派して以来、霊友会の教義をそのまま自分たちの教団の教義に取り入れて、現在にいたっています。
 この教団は教義の根本を法華経としていますが、その解釈は法華経とは似ても似つかぬ出鱈目だらけで、目を覆うばかりの状態です。アメーバーのように増殖し続ける新興宗教の典型、妙智會の内実に迫ってみましょう。

12号「幸福の科学とは、どのような宗教か」
rasinban12.pdf(246k)

 宗教らしくない名前を冠した出版宗教、それが幸福の科学です。この主宰者の言動は、マスコミを使った膨大な宣伝によって世に知られています。
 その教義の内容は、自分自身を釈尊の再誕であると恥も外聞もなく公言することからもわかるように、誇大妄想癖が随所に表れたものです。また、他の宗教の教義を真似た教義は、無知な人びとを翻弄し続けています。
 この教団の主宰者は多くの「霊言集」で多くの人びとに驚かれたり、呆れられたりしていますが、その内容は、取り上げられた人物とは何の関係もない稚拙な言説が書き散らかされているに過ぎません。
 人びとの「幸福」とは何の関係もない幸福の科学とは、如何なる宗教か。その内実に迫ってみましょう。

13号「創価学会の皆さんへ(1)」
rasinban13.pdf(304k)
14号「創価学会の皆さんへ(2)」
rasinban14.pdf(250k)
15号「創価学会の皆さんへ(3)」
rasinban15.pdf(224k)
16号「創価学会の皆さんへ(4)」
rasinban16.pdf(254k)
17号「創価学会の皆さんへ(5)」
rasinban17.pdf(244k)
18号「創価学会の皆さんへ(6)」
rasinban18.pdf(215k)
19号「創価学会の皆さんへ(7)」
rasinban19.pdf(219k)
20号「創価学会の皆さんへ(8)」
rasinban20.pdf(236k)

 日本最大のマンモス教団として、宗教だけではなく政界、法曹界、教育界など、各界に大きな影響力を及ぼしていますが、その教義は、十数年前に日蓮正宗より破門処分を受け、大きく揺らいでいます。すなわち、日蓮正宗より学んだ日蓮大聖人の正しい教えを放棄し、まるで新興宗教のような姿を露呈しているのが現在の創価学会です。
 信徒代表であった池田大作が、多くの会員の上に君臨し、その姿はまるで、どこかの国の王様のようにも見え、また、その振る舞いや言動は滑稽ですらあります。
 膨大な出版物は、会員の思考を一定方向に洗脳するかのようなはたらきを持ち、多くの会員は理性や思考を停止しているのでしょうか。
 そこで、今回は、創価学会の会員の人たちに、池田名誉会長が過去に述べてきた内容について、コメントをつけ資料提供をすることにしました。